東京新聞書評   金子務(科学史家)

科学の発見 スティーヴン・ワインバーグ著

  文藝春秋社 2016年5月刊 1950円(税別)
17字×47行(ほぼ800字)

現代科学の第一人者による道場破りの、周到な科学史本である。物理中心
主義、還元論万歳の確信犯によるだけに、一読して痛快、科学者志望の若者
には、巻末の手厚いテクニカルノートともども刺激的な教科書になろう。
曲者の著者曰く。歴史的コンテキストの理解など知ったことか、いつの時
代であれ大事なことは、世界を理解し説明すること、何を問題にしどう迫る
かその方法を見つけること。科学的理論なら検証可能な命題を出し、観測実
験で立証されたし。歴史家から見て無理難題、無体な要請が本書の宝刀だ。
科学の発展を妨げた思考法には手厳しい。神話・神学や哲学に染まったデ
カルト(虹理論はよい)、ベーコンにも遠慮はない。世界の根源は水だ、火
だと唱えた古代ギリシアの哲人らは単なる詩人、と一蹴、五種の正多面体で
宇宙を説明したプラトンでさえ、科学と数学を区別せず証明を省く無頓着さ
が切られる。アリストテレスも、地球が丸いと見たのは卓見だが、その「愚
かな」運動論は斜面の実験(現代加速器の元祖!)でガリレオに反駁される
まで、二千年支配した。逆にアルキメデスら、ムセイオンを中心とするヘレ
ニズム科学の評価は高い。すべてを説明しようとする万物理論から撤収し、
理論がうまく機能する喜びに浸ったためだ。この古代ギリシアとエジプトの
関係は、まるで後の西欧と米国の関係を思わせる、との指摘が面白い。
 プラトンの問いに発したアポロニウスら弟子たちの奮闘で、複雑な円を組
み合わせて語るプトレマイオス天動説に対して、幾何学的には同等なコペル
ニクス地動説が選ばれたのは、現代科学に通用する「シンプル・イズ・ベス
ト」という美的判断による。大統一理論を目指す現代の弦理論も確かめよう
がないが、同じく美的判断で支持されている。ニュートン理論はいま素粒子
論でいう「標準理論」にあたるという。暗黒物質らの難問を前に思案に暮れ
る現代科学者、迂回の一書である。

著者は素粒子論の「標準理論」を命名定立し、いまダークエネルギーに挑戦するノーベル物理学賞受賞者。
(『東京新聞』2016年6月19日掲載)