対象書名:『タイムマシンをつくろう!』ポール・デイヴィス著著、草思社、1300円+税
掲載紙:日経新聞
年:2003.7

 タイムマシンとは、19世紀SF創始者 H・G・ウエルズ提案の、話題多き時間旅行機械である。ボタン一つで過去にも未来にも行けるとかいう代物だ。反物質やブラックホールの世界になじんだ物理 学者が、こんな空想マシンの可能性を大真面目に論じている。まず未来と過去への行き方を考察してから、「タイムマシンの作り方」をハイライトに、最後は質 疑に答える。大いに眉に唾して読んでも、そうと思わすだましの筆力はある。

未来への行き方ならなんでもないよ、とまず宣う。光速近い猛スピードで宇宙旅行をしてくれば、タイムワープして未来のどの「日付」の故郷にも舞い戻れる からさ。特殊相対性原理である。しかしこのタイムワープは、加速・減速を含む一般相対論では成立しないという主張もあるから、そう簡単でもない。それに時 を刻む間隔を半分にするには二倍のエネルギーがいるから、光速の九九・九%まで加速するには、人類全体の生産エネルギーの何ヶ月分かを必要とするという。 とても大富豪、超大国でも手に負えない話である。

過去への行き方はちょっと厄介だが、まあできるね、とつづける。それにはワームホールという手品を使う。ブラックホールは圧倒的な重力で光をはじめ万物 を吸い込み、時間の終わり(特異点)への出口なき一方通行。ワームホールは似ているが、出口もあるのが違う。アインシュタイン=ローゼンの橋とも呼ばれ た。特異点というのどを広げて別宇宙に出るには、負のエネルギーをもつ「エキゾチックな物質」を投入して反重力効果を生めばよい、とあっさりいう。なるほ ど量子真空を乱すと負のエネルギーが生まれることは分かっている(カシミール効果)。ブラックホール近くには負のエネルギーが実在するし、著者提案のレー ザー・システムで量産可能?という。並行宇宙を想定する量子宇宙論が、議論には見え隠れし、信じて橋を渡るのは読者次第だ。

まあ本書の効用は、思考実験を通じて、現代物理学の思考形式に面白く慣れる点にある。ひとつおいしい餌にだまされますか。