対象書名:『江戸鳥類大図鑑』堀田正敦著、鈴木道男編著、平凡社、36,750円(税込)
掲載紙:週刊読書人
年:2006.05.26
「見事な総合的博物誌に結晶」
偉い人がいたものである。もちろん江戸後期に幕府中枢にいて、寛政の改革にあたる一方、京から本草学の小野蘭山を呼んで江戸博物誌を振興させたあの若年 寄、堀田正敦の名を知らぬはずはない。しかしあの多忙な正敦が、学者や大名仲間の協力を仰いだとはいえ、40年もかけて江戸鳥学の精華ともいうべき『観文 禽譜』に纏めたのを、本書で手にしてみると、唸りたくもなる。文化文政期、和歌をよくし『源氏物語』の講義もし、本草初め諸学に通じた江戸教養人の鳥趣味 が、見事な総合的博物誌に結晶したのである。
本文は決定稿に近い仙台本を主に、それに図譜部の諸本をあわせ、さらにまた、編著者の鈴木氏による懇切な解説と図を補ってなったのが本書である。大枠は 『本草綱目』に準拠して水禽・原禽・林禽・山禽と生息域で大別したとはいえ、堀田の学問的情熱と鈴木氏の周到な配慮が江戸と現代で結ばれあって、実に、読 み応えも見応えもある大図鑑になった。項目数734、種数438。集録図は1243点、うち正敦の『観文禽譜』以外の図譜から鈴木氏が補った鳥図は49点 に及ぶ。各項目の冒頭に鳥名、別称・異称・漢名を揚げ、漢名の発音を「反切」によって表記している。あわせて、古今和漢の出典とともに掲げられる内外の詩 歌、文献と体験を重ね合わせた解説、といった正敦自身の釈名がまた素晴らしく、鈴木氏の補説がなお本書の有益性を高めている。
本書を手にして、気になる鳥たちをつぎつぎと繰ってみた。巻頭のツル。群列の様か声からその名があるとある。丹頂は希だが、蝦夷地のウチクスリ(北海道 東部)には来るので、寛政末に正敦がその旨報告したら台命(将軍の命)があって三番を捕獲・献上し、いま官園で飼育されている、と記している。いかにも蝦 夷地を踏んだ幕府只一人の若年寄だけある。カリの項でも仙台体験に触れて、目撃では犬雁が多く真雁、白雁の順という。秋に渡り春に去るが、その「定居の 地」も四月に厚岸、五月に択捉、夏はカムチャツカなどと、蝦夷地巡行のさいに聞きだした話を書き留める。トキは俗名でツキというらしい。「東国に多い。故 に予も直接これを見た」と記す。
種を同定するのは動植物の世界では大変なことである。正敦もときに混乱する。カモメでユリカモメについて詳述し、ワシカモメ、ウミカモメらと区別してい るが、斑変わりのフガワリカモメをカモとカモメの合いの子か、とした。冬鳥として飛来した頭が灰白色のウミカモメが頭の黒い夏羽になって北帰するのを見 誤ったから、と鈴木氏の注にある。太宰文学や棟方版画で気になっていた伝説の鳥ウトウも、「南部侯蔵図」でその姿を目の当たりにした。「善知鳥」と書き、 「予に蝦夷地で捕獲されたウトウを全剥にしたものを贈ってくれた者がいた」とある。頭から尾まで黒いが腹下白く、目の後と頬に長い白羽を特徴とし、黄脚が 水掻きのある三爪、と知ったのは有り難い。評者は、釜山で長い尾を引く全体に黒く、肩や腹が白いカササギにお目にかかっていたので、見てみた。益軒の「高 麗烏」の名を引くだけでなく、正俊は、父が肥前侯からもらい受けて別荘に放し飼いして数十羽になったのを、幼い頃見ていた、というから驚いた。鈴木氏の補 説から、鳴き声から「勝ち烏」とも呼ばれていて、各地の武人が好んで放鳥したとあって合点がいった。
眼福の図鑑漫歩は楽しく、あっという間に半日が過ぎた。このへんで切り上げよう。