対象書名:『1491 先コロンブス期アメリカ大陸をめぐる新発見』 チャールズ C.マン著 布施由紀子訳、NHK出版、3,200円(税別)
掲載紙:日本経済新聞
年:2007.09.02
コロンブスが新大陸に到達した1492年 以前のアメリカ両大陸には、ヨーロッパ全土より多い一億人もの人が住んでいた。ボリビアの僻地の僻地とされる麻薬取引で悪名高いベニ地方には、南米で最重 要な古代共同体が三千年以上前に存在していた。家を建て、マウンドを築き、通信、輸送用の堤道を設け、魚をとる梁を仕掛け、森の侵入を防ぐためにサバンナ を焼き払った。ベニ王国は人口百万で世界一。のっけから、これは驚きである。
著者は科学ジャーナリスト。人類考古学の成果を精力的に取材し、新大陸をめぐる定説をつぎつぎと覆す。600頁を超す大著だが、じっくり取り組めば、世 界史の空白を埋めるスリリングな読書体験になろう。全米年間最優秀図書に選定されただけのことはある。
ベーリング海峡が陸でつながった時期よりはるかな昔、農業革命(新石器文明)以前にユーラシア大陸を去った人々が古代文明を築いていた。独自にトウモロ コシやカボチャの品種改良に成功し、世界一栄養価の高い食事を摂っていた。インドよりも先にマヤで数字のゼロを発見した。アマゾン低地では樹木利用の森林 農法が発達、標高3000メートル以上では、万年雪の水で段々畑の灌漑に成功、高地農法が発展する。インカの高度な冶金術は、展性と塑性重視の箔による装 飾を中心して、堅牢な武器造り中心の西欧と異なる、などなど。
西欧文明との出会い当時、中米にはマヤ文明(ユタカン半島)を引き継いだアステカ文明(現メキシコ領)が栄え、南米アンデス山中にはオスマン帝国をもし のぐ世界一のインカ大帝国が支配していた。それがいずれも数十年で消滅した。インカ破滅の原因は、ピサロらの鉄器と馬ではなく、天然痘と神権体制と内紛で あった。ミシシッピー川流域に密集していたアメリカ・インディアンの大集落は100年で消滅した。この原因も、実は歩く食肉であった豚300頭を病原とす る人と動物への急性感染(炭疽病、結核、天然痘など)であった。
インディオ遊牧狩猟民族説は西欧の征服者による神話にすぎない。