対象書名:『サイエンス・インポッシブル』ミチオ・カク著 斉藤隆央訳、NHK出版、2,400円(税別)、2008年7月刊
掲載紙:東京中日新聞
年:2008.11.28

 SFでおなじみの、超光線銃フェイザー、 力の遮蔽膜フォース・フィールド、物体の瞬間転送テレポーテーション、時間旅行タイムトラベルは夢か幻か。否、多くは現実だ、と高次元宇宙論で活躍する著 者カク博士はいう。10人のノーベル賞受賞者を含む現役科学者60人余と対話して、『スター・トレック』や『スター・ウォーズ』などのSF世界と現代科学 の境界を、スリル豊かに探検しての結論、である。

本書原題は「ジ・インポッシブル不可能なるもの、の物理学」。著者は不可能レヴェルを、物理法則違反ではない1、辺縁に引っかかる2、とてもダメな3に わけ、2の時間旅行(空間を切り裂く通路ワームホールを潜れば超光速も可能だが、ワームホールの物理学は未完なので2)以外の多くは1だと、SFファンを 喜ばせる。3には永久機関と予知力が入る。

たとえばテレポーテーション。光や原子の集合体の転送技術にはすでに成功、複雑な分子でも数十年で可能になってきた。ウイルス、細胞レベルなら今世紀中 に実現するから1だ。しかし残念、人間丸ごと、という夢の転送は2の世界という。

なるほど現代宇宙論には、自分と同じ他人が住む並行宇宙や反宇宙、たえず生成消滅するベビー宇宙やミニミニ宇宙、宇宙意識という神学などが横行してい る。検証可能という縛りが消えれば、科学とSFとの境界はグレイゾーンである。このもやを切り裂く知的な旅をどうぞ、というわけだ。

本書で日本人の活躍も目につく。飯島澄男のカーボン・ナノチューブが宇宙エレベーター構想を生み、川上真樹の光学迷彩マントが不可視化の夢に迫る。鈴木 真彦も生みの親である「超ひも理論」がアインシュタインの夢、万力を統一する万物理論に王手をかける。いま動き始めた欧州の大型ハドロン加速器(LHC) が、その検証に成功するかもしれないのである。