対象書名:『描かれた技術 科学のかたち』橋本毅彦著、東京大学出版会、2800円(税別)、2008年12月刊
掲載紙:『日本経済新聞』見出し「100余の図像で見せる科学技術史」
年:2009.02.01

 知識としての科学技術を伝えるには、画 やグラフや写真といった図像が有力である。本書は、100枚余の図像を主題に29の話題で展開する科学技術史のイコノロジー(図像学)である。ゾリンゲン をしのぐ安全剃刀を生み出す刀匠技術者・岩崎航介の話も面白いが、おおむね話題を西欧世界に絞って、図像世界のオン・パレードである。鉱山・土木・冶金・ 建築から、植物・気象・地質・錬金術まで、どこから読んでも楽しめよう。

手堅い科学史家の説明を追っていくと、思いがけない図像との出会いがある。進化論で有名なフィンチ類のくちばし図と、道具のペンチ類の比較図が愉快であ る。世界最初の請負技師スミートンが造った石造灯台の、パズルもどきの断面図に頭を悩ましもする。コッホ細菌学も、なるほど顕微鏡写真術の成果であったか と相づちも打つ。時計の脱進機がエジソンの蓄音器や映写機につながる話もある。銅版画のエッチング法が金属表面の金相学に貢献し、雲分類学が英国のコンス タブルの風景画を裏打ちすることを知らせてくれる。芸術と科学の興味深いつながりである。

終章で橋本氏は、「科学技術の活動における図像の役割」を概括している。視覚的思考ともいえるイメージの重要性である。図面や三次元モデルから解剖図・ 植物図譜まで、これらがなかったら科学技術もうまく伝わらず、進化論(ダーウィン記録にある有名な枝分かれ図を評者は思い出す)も電磁気学も、デカルト哲 学さえも生まれなかったかもしれない。レオナルドが後年数々の技術的発明をするのも、若いときフィレンツェの大聖堂の建築現場で目撃した巨大クレーンの姿 が焼きついていた、という。著者のいう表象と実践の関係である。

ここまでくると、もっと東洋、なかんずく日本においてこういう図譜等の役割はいかに、と聞いてみたくなる。これについては著者は、科学と芸術の関係同様 に、今後の課題としている。本書のていねいな文献解題を手引きに、ここは一つ読者自身が探検しても面白いはずである。