対象書名:アミール・D・アクゼル著(林大訳)
『神父と頭蓋骨ー北京原人を発見した「異端者」と進化論の発展』早川書房
掲載紙 :『東京(中日)新聞』2010年7月25日号

進化論にかけた発掘の半生

テイヤール・ド・シャルダン、進化論と信仰を統合したフランスのイエズス会宣教師、主著は『現象としての人間』。忘れられた思想家である。

神父にして古生物学者、探検家。持論の、物質圏・生命圏・精神圏と分岐・複雑化する進化論を実証しようと、意気込んで北京原人研究チームの主要人物に なった(発見者ではない)。その脳容積を推定、火の使用を明確にし、ジャワ原人と同一種のホモ・エレクトゥス、と断じた功績は大きい。人類化石骨研究の草 分け的存在で、旧人ネアンデルタール、現世人クロマニオンの前、4、50万年間を闊歩した原人時代を研究、確立した。幅広い人類学研究と耳目をひく好男子 ぶりに世評は高く、追っかけ女性も出た。

本書は、ベッド脇にイエスとガリレオ像を置く、はみ出し神学者の興味深い発掘半生記である。人類精神圏の究極オメガ点への進化と信仰の一致を願っていた が、ヴァティカンやイエズス会からは、地霊や進化論を肯定する異端傾向が監視され、論著刊行はつねに不許可、コレージュ・ド・フランスの古生物学教授職就 任も妨げられる。パリやローマの西欧中心部から繰り返し放り出されては文明辺縁部に流亡し、かえって中国・アフリカの発掘現場を探検できたし、女性を含む 忠実な協力者に事欠かなかった。

いま600万年前に遡る猿人研究が急ピッチで進む。国際研究チームが組まれ、東大諏訪元教授の名が輝くが、本書でも北京原人の化石骨行方不明(現在も) 事件に長谷部言人の日本人名が出てくる。ただし悪役だ。評者は生前の長谷部やその弟子渡辺直経から聞いていたが、日本軍部容疑は濡れ衣で、米海兵隊駐屯地 の一角から消えた責任は中国と米国にあるはずだ。

思えば、北京原人研究は1926年に発足、グスタフ王子の肝いりで、スウェーデン・カナダ・フランス・中国という国際チーム研究のはしりとなった。その宣伝役がティヤールだったのである。